外伝 - 3- 盲目の時間
江井原 大輔(男子3番)が鷹山 空(女子1番)に対して新たな感情を抱く時のお話
江井原 大輔(男子3番)鷹山 空(女子1番)






春の桜が舞うこの季節、中学2年生の始業式を無事に迎えられずに少年はベットの上に寝ていた。
病院の窓から入ってくる温かい光に包まれて彼は眼を覚ました。名は江井原 大輔。
大輔は目を開けたが何故か視界が遮られていた。辺りが真っ暗というより何も見えない。
手でここはベットの上というのは分かったがそれ以外は分からない。
急に大輔の脳裏にあのシーンが浮かび上がる。そう、大輔の両親と妹が目の前で殺されるシーンだ。
妹のほうは途中で意識が無くなってどうなったかは分からないが両親の首から血が吹き出ているのはまだ目に焼きついている。
ドアをあける音が聞こえた。やはり目は見えない。どうやら目が見えなくなってしまったらしい。
こちらに歩み寄る足跡が聞こえる、それはだんだんこちらに近づいてくる。何も見えないというのはすごく恐怖だ。
誰かがベットの脇にある椅子に座り、こちらに話しかけてきた。
「ダイ、大丈夫か?あのようなことが起こるなんて予想していなかったよ。」
話し主は聞き覚えのある声だった。いつも行動を共にしている男だからすぐに分かった。
「カズか、わいはどうなったんや?家のヤツもどうなったか教えてくれ。」
カズは黙ったままだ。どうなったかぐらいは自分でも分かる。でも一応聞いておきたかった、1パーセントもない可能性を信じたかった。
自分にとって2つ目の家族、1つ目の家族には捨てられた。今のこの時代不況の影響で失業者も後を絶たない。
1つ目の家族もそうだったのだろう。あの時はまだ4歳で何も分からない年齢だったが年を重ねるごとにだんだん分かってきた。
唯一の肉親である妹の海はその時1歳であった知らなくて当然である。彼女の記憶には孤児院の生活しかなかっただろう。
3年前に大輔たちは引き取られ江井原家のお世話になることになるが昨日家族は殺された。
ドアをノックする音が聞こえたのでカズが入るように指示した。医師が入ってきてあっさりとした口調でこう話した。
「あなたは眼膜を両目とも破壊されています。幸い他の部分には被害は及ばなかったのですが非常に傷が深く、治すには移植が必要となりますね。眼膜はドナーが必要ですが今のところ届出はありません。」
大輔はあっけに取られた。自分は殺されかけたのにも関わらず眼膜までにも被害がきているのだ。
(冗談やないでぇ、ほんまぁ。神様は家族殺された後もヒドイ追い討ちかけてくるなぁ・・・ほんまにわいの人生狂とうなぁ。)
大輔は頭を抱えたい気持ちとやりきれない気持ちでいっぱいで頭の整理がつかない。
医師も他の患者が待っているかもしれないので大輔は一応返事をしておいた。
「分かった、じゃあドナーが来るまで待っとくわぁ。金はいくらでもあるさかい・・・おおきに。」
医師はそれを聞き退散していった。椅子に座っているカズが話しかけてきた。
「どうだい?自分の今の状況分かった?」
「まあ、大体はな。これからどのくらいこんな生活させられるんやろぅ・・・当分はカズとも仕事でけへんな。」
「そんなことは気にしなくていいよ。君はゆっくり休めばいい、こんな機会はもうないだろう。色々体験するのも人生のうちだよ。」
「なんかオヤジくさいなぁ。学校の先生なんてよぉなれたなぁ。」
「オヤジくさいのと先生の仕事は関係ないよ。私は好きでしているんだからいいだろう?」
「別にあかんなんかゆうてへん。井上 和男かぁ・・・ええ名前やな。」
「苗字がつくとなんか違和感あるよ・・・ってもうこんな時間か、明日は課題テストだから早く学校に戻って見直ししないとダメだから今日は帰るね。」
カズは椅子から立ち上がり部屋から出るときに手を振った。もちろん大輔には見えていない。
カズが出て行くと部屋がすごく寂しくなった。人の温度が全く感じられないのだ。大輔は頭を整理することにした。



(ダイ、ずいぶん感情を抑えていたな。やはり家族が殺されたのはショックなのだろうか?何年も一緒にいるがダイの感情はあまり読み取れないな。ダイは色々抱え込んでいるのだろうか?誰か心の支えになる人が必要なのかもしれないなダイには。)



カズが帰った後、大輔は非常に退屈であった。
テレビを見たくても目が見えないので見れないし、ラジオを聴いていても政府の面白くない話ばかりだ。
唯一の楽しみはロックを聴くことだ。ロックは七原政権誕生から解禁されている。というのも七原秋也という人物は非常にロックが好きな男なのですぐに解禁になったのだ。大輔もロックが好きであった。ロックは人のモチベーションを上げたりするのに効果的らしく、大輔も仕事の前には必ず聞くのだ。その中でもパンクといわれるタイプのロックが好きであった。世間に対する叫びをものの見事に歌っているのが大輔の好きな理由だ。しかし、七原秋也は1年前に暗殺され典子夫人もその死が精神的にダメージを与えたのかすぐに病にかかりそのまま死んでしまった。今は政権がもっとも揺れている、後は誰が引き受けるのか。今のところは大輔のいた孤児院を持っている『タナカ』だ。
今もそこで大輔は働いている、そして家族を殺された。家族は反政府の人間だったからだ。しかし大輔はそのことを許しているわけではない。なんといわれようとも家族には変わりない。それを政府は奪い取ったのだ。大輔は復讐の念が体から込みあがるのが分かった。
(いままで育てくれた・・・いや、生かしてくれたのには感謝するわぁ。でもなぁ、わいから家族を奪ったんや・・・)
何かは分からないが拳に力が入った。こんな感情になったのは初めてだ。だがそれも次の瞬間に消されることになる。
ドアをノックする音が聞こえた。“勝手に入りぃ。”と大輔は返事をした。
ドアが開き、誰かが入ってきた。いつもの癖で体が戦闘態勢に入っていた。見えないので余計にこうなってしまうのだ。
「大輔くん・・・大丈夫?」
体を包み込むような温かい声だ。だが誰かは分からなかった。しかし敵意は感じられない、安心しても良さそうだ。
「わたしだよ、隣のパン屋の。」
「ああ、鷹山空さんやね。今日の朝は悪かったなぁ、新学期早々あんなん見せられて。ほんまごめん。」
空は椅子に座り黙ったままだ。相当精神にきているのだろう。新学期の朝から死体の山を見てしまったのでそれは仕方の無いことだった。
大輔はそんな中でも聞きたいことがあったので聞くことにした。
「なんでわいの見舞いなんかに来てくれたん?思い出したくないかもしれへんけど家族がどうなってたかは教えてくれへんかなぁ?」
「海ちゃんの・・・死体が見つからないみたいなの・・・ご両親は病院に搬送されたけど息が無かったそうなの。」
「な、なんやて!?海がおらへんのか?なんでや!」
大輔はベットから身を乗り出して聞いた。
「そんなこと分からないよ・・・」
空は泣きかけた顔で答えた。無論大輔には見えていないが。
「すまん、つい熱くなってもうた。そうか、海がおらんのかぁ・・・ということは生きているというのも考えられるわけやな。」
空はハッとなった。まったくそのとおりだと思った。死体がないからといって死んでいると考えるのはあまりにも早い考えだ。
もしかしたら拉致されているのかもしれない。しかし拉致されているにしても助けるのはかなり大変だろう。空はさっき夕刊を見たのだがまったくその事件のことが書かれていなかったのだ。空は大輔の様子をうかがった、すごく疲れた顔をしている。たぶん目が見えないという状況のせいで普段より余計に疲れているのだろう。目を包帯で巻かれている大輔がこちらに向いて話しかけてきた。
「もうこの話はせんといてくれへんかな?気持ちの整理つかへんようになるかもしれへんから。」
「分かった。もうしないよ。わたしも思い出したくないから。」
二人は会話を無くしてしまった。しばらく下に通る車の音しか聞こえなかった。
空は持ってきたリンゴを剥いてあげることにした。シャリシャリとリンゴが甘い匂いをたてて剥けていくが大輔にも分かった。
剥き終わったリンゴを食べやすく10等分ぐらいに切り分けその一つをつまようじで突き刺しそれを大輔に持たせた。
その時、空は大輔の手を包み込むように持たせてあげた。大輔の手は氷のように冷たかった。
一方、大輔は急に手を握られたので驚いた。柔らかく温かい手が大輔の手を包み込んだ。寒い冬の夕方に自販機で熱い缶コーヒーを買ったときのようなとても温かいものだった。大輔はとてもその温かさに安心を覚えた。
「あ、ありがとう。てかリンゴって定番なもん持ってきたなぁ。」
「家にこれしかなかったの。文句言うなら食べなかったらいいでしょ。」
「あ〜あ、そんなことで怒とったらすぐ老けるでぇ。」
むうと空は頬を膨らませた。もちろん大輔には見えていない。大輔はぺロリと一口で食べてしまった。
大輔はつまようじを突き出した。どうやらもう1個という意味らしい。
空は“もう仕方ないなぁ”という顔でつまようじを受け取りリンゴを刺して渡してあげた。
またも大輔は一口で食べてしまった。どうやらお腹が空いているらしい。
空はついでに持ってきたパンを大輔に渡してあげた。もちろん自分が作ったパン(メロンパン)だ。
大輔はかぶりつくように食べた。まるでライオンが草食動物を食べるかのようだった。ここまで豪快だと潔くも感じた。
「んん。う、うまいわぁ。パンなんか久々やなぁ。これ鷹山さんが作ったん?」
「そうだよ。わたしはまだ作るのは下手だけどね・・・もっとうまくなるようにがんばるね。」
「いやぁ、メチャうまいでほんまに。いい嫁さんになれるんちゃうかなぁ。」
「お世辞でもうれしいよ。あっ、もうこんな時間。ごめんね、また来るね。」
空は慌てた様子で大輔の病室を後にした。
まだ部屋にリンゴの甘い匂いとパンの香ばしい匂いが少し残っていた。大輔に少し異変が起こった。
胸が引き締まるような痛みとなにか分からない火照りが大輔を襲った。
(なんや、何が起こったんや。わいの体に異変でも起こったんかなぁ?ああ、熱い。体が溶けそうや。)
大輔はそのまま寝てしまった。

<次の日>
大輔は目覚めたが目覚めた気がしなかった。起きても暗黒の世界が視界に入ってくるだけだ。
闇以外は大輔の視界には見えなかった。永遠にさまよい続けている自殺霊の気分だった。
目以外は大丈夫だ。匂いも分かるし、さわった感覚ある。味も分かるし、耳も聞こえる。だが、目が見えないというだけで行動が制限されるのである。ちょうど食事の時間が来たらしい誰かが部屋に入ってきた。何か食事を持ってきたらしい匂いでそれが分かった。
「江井原さん、もうお昼ですよ。よくお眠りになりましたね。」
声からすると女の人らしい看護士さんだろうか。大輔は返事を返した。
「よぉ寝たわ。こんなに寝たんは何年ぶりやろかゆうぐらいあんま寝た記憶がないなぁ。」
「そうですか、私はあなたを看護する高波 順子です。年はまだ25ですが看護のほうは自信があります。」
「若い看護士さんやなぁ(これもカズの仕業やろうか?)まあ長い付き合いになるかもしれへんからよろしゅうな。」
“はい。”と高波さんは答え、持ってきた食事をベットに備わっている台の上に並べた。
タイミングよく大輔のお腹が鳴った。高波さんは少し笑った。
「じゃあ、口あけてくれるかな?あ〜ん。」
「なっ、恥ずかしいやん。わい自分でも食べられるさかい箸とお皿貸してくれればええから。」
高波さんは少し残念そうな顔で箸と食べ物の乗ったお皿を大輔に渡した。おぼつかない感じながらも大輔はなんとか箸とお皿を受けとり、勢いよく食べ始めた、こうなった大輔はもう止まらない。あっという間に全てを平らげてしまった。
「あ〜、メチャうまかったわぁ。おおきに。」
高波さんは“どういたしまして。”といって部屋を出て行った。また室内が寂しくなった。
空白の時間が刻々と過ぎていく気付いたときにはドアがノックされていた。もう何回もノックしていたようだ。
大輔は申し訳なく思いつつ入るように言った。入ってきたのはまたも鷹山空だ。
空は椅子に座り大輔のほうを見た。大輔はまだ誰が入ってきたのか把握できていなかった。
しかし、香ばしい匂いがしてきたのですぐに分かった。
「鷹山さんかぁ。今日も来てくれたんや、おおきになぁ。」
「だってわたし以外誰も来てくれないでしょ。まぁお隣さんだしね。それに大輔くんにはもう・・・」
「そやな、だぁれもわいのとこに来んな。鷹山さんだけやな。わい、メチャうれしいでぇほんまに。ありがとう。」
「いや、そこまで言われると困っちゃうよ。大輔くんは後どのくらい病院にいるのかな?もしよかったらこれから習う勉強とかのノート持って来てあげるけど。わたし、部活していないから放課後は暇なの。」
大輔には勉強なんてものは必要なかった。孤児院で高校卒業ぐらいまでの学力は身につけているからだ。しかし・・・
「ほな、頼むわぁ。わい勉強あんま得意ちゃうねんけど・・・」
「分かった。じゃあ毎日来ることにするね。今日は少し忙しいから帰るね。パンはここにおいて置くから。」
空は忙しそうに帰っていった。
大輔は空と一緒にいる時間がほしかった。彼女といる時間は落ち着くことができて、彼女が帰ると胸の痛みと火照りが起こる。それは何故なのかはっきりさせたかった。そして彼女が帰った、再び胸の痛みと火照りがでてきた。大輔には目が見えないよりもこちらのほうがつらいのだった。



つづく。





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