外伝 - 2- 陸・海・空
藤林 陸、江井原 海、鷹山 空の思い出のひと時。
藤林 陸(女子4番)江井原 海(江井原大輔の妹)鷹山 空(女子1番)






今は2年生になる前の春休みだ。
あたしは藤林 陸。一中の陸上部に所属していて短距離走を中心練習している。
春休みに入って部活の練習もめっきり減ったが自主練習は欠かさず毎日している。
一中であたしに走りで勝てる女子はまずいないだろう。だからといって練習しなくていいわけではない。
毎日の練習が今のあたしを作ったのだ。亀と言われてバカにされたこともあったがそれも今は昔。
ある人の一言のおかげであたしはここまで強くなることができた。今もその人に感謝してる。
あたしは今、自宅から1キロほど離れた橋の上を走っている。短距離だから持久力がいらないわけではない。
短距離だからこそ余計に必要なのだ。持久力、それはスポーツの基本だ。
約100メートルはある長い端を半分くらいまで来た時に鷹山 空が小さな女の子と一緒に歩いているのを見つけた。
あたしは知らないフリをしてその場を凌ごうとしたが結局、空に止められることになった。
「あっ、藤林さん。こんにちは。」
空が透き通った声と行儀のいい姿勢でペコリと頭を下げた。
陸もここまでされると止まらないわけにはいかない。仕方なく止まることにした。
「こんにちは。」
「こんにちは。空のお姉ちゃん、このかっこええお姉ちゃんは誰?」
陸はえぇ!?と思った。今しゃべり方が違ったからだ。これは間違いなく関西弁だ。
「海ちゃん、この人はわたしと同じクラスの藤林 陸さんだよ。」
「ええ?陸ぅ?ってことはここに陸・海・空がそろったわけやね。」
陸は何の話をしているのか分からなかった。というより関西弁が聞き慣れないので分からなかった。
空ははっとした表情をしていた。
「本当だね。よく気がついたね。これも何かの運命かもしれないね。」
「そうやねぇ・・・ええっと藤林さん?」
「何かな?」
「今から服を買いに行くんやけど藤林さんもどうですか?」
「海ちゃん、藤林さんにも用事があるかもしれないよ。」
陸も少し運命めいたものを感じた。勝手に返事が口から出た。
「別にあたしは用事はないよ。あたしもたまには服でも買いに行こうかな?」
別にたいした用事は無い。それも事実である。
でも少し困ったことがあった。別にお金がないというわけではない(というよりお金は持っているほうだ)
実は服には全然興味がなかったのだ。いつもはウィンドブレーカーやジャージで生活しているので必要がなかったのだ。
「じゃあさっそく行こかぁ。」
「藤林さんはその格好でいいの?」
空が一応聞いておいた。ジャージでショッピングセンターを歩くのはどうだろうということなのだろう。
「別にいい(というより外出用の服なんか持ってないし)海ちゃんだったかな?あたしのことは「陸」でいいよ。」
「そうなの?じゃあ陸のお姉ちゃんも行こうよ。」
何となく意気投合してしまった3人は横に並びながらショッピングセンターに向かうことにした。
「その海人って書いているTシャツ「UMINCHU」って読むんでしょ?」
陸は誇らしげに言った。
「そうやでぇ。お兄ちゃんが沖縄に行った時に買ってきてくれたんだよぉ。」
「あたしも陸人って書いて「RIKUNCHU」持っているんだぁ。海ちゃん、お兄さんがいるの?」
空が話に割って入ってきた。
「わたしの隣の家は空き家だったんだけど3日前ぐらいに引越ししてきたの。この子はその家の江井原 海ちゃん。お兄さんのほうはわたしたちと同じ学年なんだって。確か名前は・・・大輔。何か普通とは違う雰囲気を持っていた子だったよ。」
「お兄ちゃんはとってもええ人やでぇ。ウチのこといつも「えぇ子や」ってゆうてくれるもん。」
「ちょっとエラそうな感じもしたけどね。」
「あれは初対面やから照れてねん、きっと。だって家帰った後、ウチが『あのかわええお姉ちゃんどう思う?』って聞いたら。『心が澄んでる子やな。メッチャえぇ匂いするし。』ってゆうとったし。もしかしたらお兄ちゃん空のお姉ちゃんのことを・・・」
「ああ〜、それ以上言わないで。」
陸がクスッと笑った。空は陸が笑うところをはじめてみたような気がした。
「ははは、あなたたち本当に仲がいいね。そうか、海ちゃんのお兄さんが同じクラスかぁ・・・」
「陸のお姉ちゃん、お兄ちゃんを好きなったらあかんでぇ。」
「な、なにを。そんなことないに決まってるでしょうが!」
3人は思い切り笑った。そんなこんなでショッピングセンターに着いた。

<ショッピングセンター>
「ここが一市(はじめし)で最も大きいショッピングセンターかぁ。」
陸はあまりの大きさにあっけに取られていた。ここにきたのはもちろん初めてだ。買い物は近くのスーパーで済ませているし、今日のように服を買いにくることもないのだから。そんなあっけに取られている陸をよそに空と海は建物の中へ入っていく。陸もその後に続いた。
全部で7階建てのショッピングセンターで服が売っているのは4階だ。
海は嬉しそうに服を選んでいるが空が色々指摘している。陸は暇そうにその光景を見ている。まるで娘と奥さんの買い物につき合わさせられている父親のような気分だった。
(はぁ、もう少しあたしにも女の子らしい性格があればこういうのも楽しいのかもしれないけど・・・あたしにはダメなのかなぁ。)
そんなマイナス思考気味な陸をよそに試着室からでてきた海がこちらを向いて話しかけてきた。
「陸のお姉ちゃん、これウチにぴったしやと思わへん?」
「うん、そうだね。とても元気な感じのする格好だね。」
デニムのジーンズ(膝の下辺りで切れているもの)と上には赤と白をベースとした簡単な無地のTシャツ、腰には少し幅のあるベルトを少し傾けた状態でかけてあって、靴はピンクをベースとしたスニーカーだ。とても小学生らしい服装だ。
どうやらコーディネートしたのは空らしい。さっそく会計するらしい、以外にも大胆らしい。次の瞬間陸は驚いた。
海が簡単に1万円札を3枚も店員に渡したのだ。これにはさすがの陸も驚いた。
空と海が大きな紙袋を持ってベンチで座っている陸の下に来た。
「海ちゃん、そんなにいっぱいお金持ってきたの!?」
「お兄ちゃんがね「わいはあんまお金使わんからやる」ゆうてくれてん。お兄ちゃんはお金もらっても財布にいれたままで使わへんねんて。今日空のお姉ちゃんと服買いに行くゆうたらくれてん。」
「藤林さんは服買わないの?せっかくここまできたのに。」
(といわれてもあたし服とか分からないし・・・どうしたらいいんだろ。)
陸は返答に困っていた。お金は十分にある、陸も海の兄同様にお金は滅多に使わないからだ。
「わたしでよければコーディネートしてあげるよ。2年生では旅行もあってその時普段着がいるみたいだし。」
それは初耳だった。確かに旅行があるのは知っている。だが、普段着がいるのは知らなかった。
「その時も今みたいにジャージではあまりかっこよくないよ。ねっ?」
陸は言われてみれば納得できる話であった。確かに旅行をジャージで行くのはあんまりである。
ここは空にコーディネートしてもらうのが1番と判断した。
「そうだね、じゃあ鷹山さんよろしくね。」
「分かった。海ちゃんはどうする?」
「ウチは2階にあるソフトクリームでも食べとくわぁ。ごゆっくりぃ。」
海はエスカレーターで2階へ降りていった。それを見送った後、二人はコーディネートを始める。
「藤林さんはどんな服装が好きなの?」
「えぇ!?え〜と・・・」
陸は空を見た。でも参考にはならなかった。なにせ露出度が高い。スカートもギリギリのものをはいているし、上の服も肩が全部出ているものだった。
「なるべく肌が出ないものがいいな。あたし、たぶん脚が太いからあまりいいものは着れないと思うし。」
「藤林さんは陸上部だからそういう悩みもあるんだね。分かった、ちょっと待っててね。」
空はてってっと向こう側に走っていった。陸をおきっぱなしにして。仕方が無いので待っていることにした。
5分後、空は戻ってきた。とてつもない量の服を持ってきていた。
「それ、全部着てみるの?」
「当たり前じゃない、試着はタダだからね。いいのが決まるまで試着し続けないと。」
陸はここで思った。
(あの時勢いで「行く。」とかいわなければよかった。)



「これで完璧だね。どう?」
「これでいいと思う。」
脚が細く見えるようにしてあるジーンズと可愛いピンク色のタートルネックのシャツに黒いジャケット。少しボーイッシュな感じの服装だが陸にはぴったしな服装である。値段も何とか切り詰めて買ったので全部で1万円弱であった。
「鷹山さんって服選び得意なんだね。」
「そ、そんなことないよぉ、これが似合いそうだなっていうのを選んだだけよ。」
「ありがとう。これならクラス旅行も大丈夫そうだよ。」
「どういたしまして、気に入ってもらえてうれしいよ。さぁ、海ちゃんを迎えにいこうよ。」
2階に行くとちょうど海がソフトクリームを食べ終わっていたところだった。
「んん?もう終わったん?じゃあ帰ろかぁ。」
3人は来た時のように横に並んで歩いていった。

「陸のお姉ちゃんどうだった?今日は楽しかった?」
「うん、とってもね。また会えるかなぁ?」
「もちろんだよぉ。そのときは今日の服着て会おうね。」
「うん、そうだね。じゃあ、またね。あたしはこっちだから。」
陸は空と海に手を振りながら走った。空と海は同じく大きく手を振った。



 これは海がいなくなる1日前の話である。
 海は結局空にコーディネートしてもらった服を着ることなく消えてしまった。
 今、彼女を探している者。彼女は生きているのだろうか?
 それは神様にしか分からない。きっとそうだ。
 ちなみに陸はコーディネートしてもらった服でクラス旅行にいくこととなった。
 彼女はもうこの世にはいない。
 コーディネートした本人、鷹山 空も・・・
 このお話は封印された彼女らの思い出のヒトトキ。





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