■第二部■ プログラム編 - 17- 青い空・前編






まだ鷹山 空(女子1番)は抱きついたまま泣いていた。
これには
江井原 大輔(男子3番)も少し困ってしまった。
時計を見るともう午前11時だ。太陽もそれなりに昇っているので部屋の中には日差しが入り込んでいた。
やはりもう7月なのだろうか少し蒸し暑くも感じた。そこに抱きつかれていてはさらに暑いのだ。
しかしこんな状況では「離してや。」とは言えない。だから困っているのだ。
大輔は空の頭を撫でながらなんとかなだめようとしたがなかなか泣き止んでくれない。
カッターシャツ1枚でボタンも全部外しているので涙が肌に当たるのがよく分かった。
正直、傷に涙が当たってすごくしみるので勘弁してほしかった。といっても今回のことでの傷はなかった。
仕事中での傷だった。修学旅行の前日も仕事が入っていた。大輔は家族が襲われた後も政府の仕事をしていたのである。
無論、政府を破壊するための作戦を練るためなのだが。
反政府撲滅部隊の「CHILDREN」のNo.1実力者である大輔は呼び出しも半端ではなかった。
授業中でも睡眠中でも呼び出しはあった。修学旅行の前日の仕事はとてもハードな仕事だった。
反政府の四天王とも呼ばれていた「渡来 健二」の暗殺命令だった。渡来の基地の守りは堅くなかなか奥までたどり着けなかったのだ。
もちろん大輔が一番最初にたどり着き、渡来と戦闘になったのだが・・・これがなかなかの腕だったのだ。
大輔は持ち前のナイフ術をうまく駆使していたのだが、相手はマシンガンを惜しげもなく乱射してくるのでなかなか仕留めることができなかったがなんとか撃退した。その時に銃弾が3,4発体をかすっていたのだ。
その時は悪いことに防弾チョッキを着用してなかったので見事に弾丸が肉をえぐっていたのだ。
大輔もしみるのに耐えれなかったので
「なんか食べよか?食べたらちょっとは元気でるかもしれへんやろぉ?」
自分のバックを取り出し中をチェックした。パンはあと1つ残っていた。大輔はここに来てからパン1つしか食べていなかった。
水も2リットル中3割ほどしか減っていなかった。それだけでも十分足りていたからだ。
大輔は泣き疲れてきた空を離しパンを差し出した。空はお腹が空いていたのか少しずつだが食べ始めた。
「わいはそないなまずいパンは食べれへんわぁ。やっぱ空ちゃんのパンがええわ。」
空は無言のまま食べていた。勢い余ったのか喉に詰まらせたようだ。大輔はすぐに自分の水を取り出し渡した。
水を1リットルほど飲み干した空はやっとのことでしゃべり出した。
「ありがと大輔くん。もう12時間以上何も食べてなかったから。」
空はバックを見せ、中に何もないことを確認させた。
(普通の人間やったらあんだけのパンと水やったら大変やろなぁ。わいはどうってことはなかったんやけど。)
大輔は部屋の中を見回した。どうやらここは家ではなく簡単な小屋のようだった。ベットとキッチン、トイレぐらいしかない
8畳一間といったところだろうか。床はフローリングで窓は屋根に1つ、壁に3つだった。
大輔は前に会った時みたいに座っている空の背後から抱きついた。空の体温が上昇していくのが分かった。
大輔はこうしている時が一番落ち着けた。自分ではどうしてそうなのかは分からなかったが。
空から話を切り出した。
「大輔くん、覚える?初めて会った時のこと。」
「当たり前やん。わいが学校見に来たときにぶつかったってやつやろ?」
「そうそう、そして次の日。」
「そのぶつかった子が隣の家の人やったんはビックリしたでぇ。」



「ようこそ、ここが一中学校だよ。大輔くん。」
「ありがとう先生。わい学校なんか初めてやからなんかイヤやなぁ。」
「大丈夫。すぐに慣れるさ。」
井上 和男(3−1担任)は大輔に学校を紹介していた。
まだ桜の舞う4月のお昼、向こうから女の子が慌てた表情で走ってくる。
和男と大輔はそれに気付かなかったのか偶然その子とぶつかってしまった。
3人ともしりもちをついてしまったので当たったところをさすっていた。
「ごめんなさい!急いでいたものですから。」
「いえいえ、大丈夫ですよ。」
「なんやなんや、いきなり何があったんや?」
最後に立ち上がった大輔が困惑した表情でぶつかった主を見た。
その時偶然目が合ってしまった。二人はすぐに目をそらし、空は和男に一礼をしてその場を去った。
大輔は去っていく少女を見えなくなるまで見つめていた。不思議に思った和男は問うてみた。
「あの子に興味があるの?」
「さぁ?そんなことよりはよう次行こうや。」

<次の日>
「隣に引越して来た江井原と申します。」
大輔の母である貴子が鷹山ベーカリーにあいさつに来ていた。
空は買出しでいない母の代わりに返事に応じてた。
「これはどうも鷹山といいます。あいにく母は外出中でございます。」
「そうですか・・・では後で伺いますのでお母様によろしくお伝えください。」
「分かりました。」
貴子は深く礼をし店を後にした。
5分後くらいにお客さんがやってきた。
空は女手一つで育ててくれている母の手伝いをしているので対応にも慣れていた。
「いらっしゃいま・・・」
空は声を失ってしまった。なぜなら昨日ぶつかった少年が店に来ていたのだから。
その少年はなんともなさそうに小さい女の子を連れていた。
「お兄ちゃん、うちの隣の家がパン屋なんて想像もせんかったね。」
「そうやなぁ。海、気に入ったんか?」
海と呼ばれた少女は嬉しそうに頭を上下させた。
空はこの二人は兄妹ってことが分かった。見たところ3歳ぐらいしか年は離れてなさそうだ。
なんとも微笑ましい状態だった。こちらには目もくれず楽しそうにパンを見ながら会話をしている。
最初に空に気付いたのは海と呼ばれた少女だった。
「かわいい店員さんやで、お兄ちゃん。」
「てかお兄ちゃんってやめい、恥ずかしいやろ。」
大輔はその「かわいい店員さん」とやらを確認することにした。
なんとそこにいたのは昨日学校でぶつかった女の子だった。大輔は少し動揺した。
「あっ、あんたは昨日の。」
「あなた、隣に引っ越してきたの?」
「何々?お兄ちゃん、この人と知り合い?あかんでぇ浮気は。」
「おお、どこで習ったんや、そんな言葉。それはここで使うんとちゃうで。」
「あっ、悪ぃ。なんてゆうたんやったっけ?」
ちょっとした静寂・・・
「あなたは・・・江井原さん?」
「そやけど、人に聞く前に自分を名乗るのがスジやろ?」
(なんとも偉そうな男の子だなぁ)と空は思った。特徴としては体が大きいことぐらいだろうか。
「私は鷹山 空。女手一つで働いてるお母さんと一緒にパン屋をしてるの。」
「さようでっか。偉い子やなぁ。海もこのくらいしっかりせなあかんでぇ。」
「うるさぁ〜い。分かってるもん、そんなこと。」
海はまだ飽きなさそうにパンを見つめている。
「わいは隣に引越してきた。江井原 大輔や。江井原ってなんか堅いさかい『大輔』でええわ。」
「大輔くんね、よろしく。」
「まあこれからも世話になるさかいよろしゅうなぁ。ほな、おおきに。」
大輔が出て行こうとすると海も一緒にでて行こうとした。店に出る前に海は振り向き。
「またね、お姉ちゃん。」
「うん、バイバイ海ちゃん。」
空は手を振ってお別れをした。
(どうしてだろう、あの男の子のことすごく気になるなぁ。関西弁だったから神戸とか大阪の人かなぁ。
なんかちょっと違う雰囲気もするし、なにか大きな秘密を抱えてそうだなぁ。ああいう危険な匂いのする男の子って一中にはいないからなぁ。)
大輔は家に帰った後、屋根に上り青い一面に広がった空を見ていた。
(あの子・・・なんでやろ。なんかいままで感じたことないもんが心の底にある。なんやろこれは・・・わいには全然分からん。)
その時ケータイが鳴った。
『なんや?』
『ダイ、仕事だ。今日は仙台だ。仙台駅の3番ホームで待っている。』
『了解や。すぐ行くわ。そっちにはたぶん8時ぐらいには着くわ。』
大輔はケータイの電源を切り階段下りてキッチンあるテーブルに置き紙をしておいた。
(仕事で帰ってくるのは明日になるかもしれへんわ。飯は適当にやっといて。)



「初めはそんなんやったっけ?」
「そうだよ。大輔くん、けっこう偉そうだったよ。」
空にも元気が戻ってきたみたいだ。さっきのようなやつれた顔ではなくいつも元気な顔色だった。
(わいはその顔が一番安心できるわぁ。でもわいは空ちゃんを・・・)
「あの後のことは・・・やめておく?」
「ええわ、隠すことちゃうし。わいは空ちゃんと話しにきたんやから。」
空も徐々に気付いていた。自分がどうすればいいかを。




    
思い出、それは色褪せていくもの。




【残り 6人】と井上 和男


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